昭和43年3月20日 夜の御理解       
                       末永静行



只今、御祈念前に、ちょうどあの昨日から私共の栄四郎が椛目へ行っとりました、あちらの友達が送別会をしてくれるというので、まあ、行ったんです、で、昨日泊りがけで今帰ってきたようですけれども、中学校の征服に征服をかぶってここへ入ってきた、何とはなしに感動するんですね、もう可愛いらしい可愛いらしい中学生、おそらくまあ何百名おるか知らんが一番小さい中学生でございましょうけれども、それがね、子供だからという感動でなかったんですよね、また、今、前後して鳥栖の上野さんが親子でお礼にでて参りました、やっぱり、今そこ入ってくる途端に、あら、上野さん今日誰を連れてきたじゃろうかと思うたら、なんと、勝美さんであった、ここで修行しよりました、背広をきとるもんですから、ちょっと分からなかったんです、あら、ここへ来てから勝美さんだった、昨日が佐賀大の卒業式で、いよいよ、教育学としての肩書きを頂いて、これから実社会にでるわけなんです、やっぱり同じような感動を覚えるんです。信心もやっぱり同じ事、ね、小学校、中学校、それぞれの過程を終えて、まあ、高校的な、大学的な信心を身につけていくということが、そのままそういうふうに育って行くと言う事が神様の感動である。
どうでしょう、いつまでも小学校のままであったり、中学校のままであったり、しておったんでは、それはもう本当に、まあ、いうなら悲しい事である、私共の信心がそういう意味合いにおいて育って行かなければならん、また、お育てを頂かなければならない、そこにはね、自分が育たなければならないという意欲とね、いわゆる、そういう意欲をもたなければね、お育てが頂けんのです、ここにはそうした氏子の意欲と神様の育たなければ止まんという働きとが一つになって初めて育つのです。
そこで、最近言われておる自己を肯定しないでの生き方というものがどうでも必要なのです、自己を肯定しないでの生き方、しかも否定もしないという姿勢が、ね、もう自分はこれでよいと、自分の生き方には間違いはないと、そう言う風に肯定したところに、その、神様がお育てを下さろうとする働きがあっても、そう言う働きが働きとして受けきらないです、ね。
只今、正義さんがここで菊栄会(                       )頂きます事が「米倉」と言う事を頂きます、正確に楷書で、次にこれはもういよいよ崩すだけ崩したという草書で米倉と書いてあるんですけれども、その米倉がもう全然その崩し方がなっとらん、嘘崩しなんです、いわゆる、普通でいう続け字なんです、ね、それは、その、本当にかいちょうを勉強し、行書が書けるようになり、そして草書が書けるというのだったら同じ崩しであるでも、例えば久保山先生あたりが早くか書かれる時に、もう崩して書かれるけれども、その一字一字が本当の崩し方をしてあったから誰が見ても、まあ、識者(しきしゃ)が見れば読めるのです、けれども素人がですね、素人がいきなり崩したのは読めない、私はこれは菊栄会の方達に対する信心の、いわば、お育てというか、もう、いうならば、行書的なものでも、もう書きならなければならないところを行書を書かずに、草書を書いておるという感じが致しますですね、米倉と言う事が素晴らしいじゃないか。確かに椛目時代の米倉だったかもしれない、ただし、合楽に着ての米倉じゃない、もうくずれとる、ね、ここんところをですね、私は本当に生神金光大神取次の道の働きをそれぞれの生活、それぞれの現場においてです、現して行くということの私は考え違いをしておるような感じがする。
なるほど、おかげは受けてはおる、それが現場に現れておるんじゃない、ね、ですから、例えば椛目時代はそれが本当だった。けれどもです、本当の本当を追求していくところに自己を肯定しないでのと言う事が必要になってくるのです。自己を肯定しておるところに、ね、まだ以前として椛目時代の信心がそのまま、いうなら、残害のようなものが残っておる。
私はこの頃、本当に淋しいと思ったのは、総会の時に菊栄会の方達(     )ですから、その御用に対するところの一年間の経過、自分達が受け持ってきた、またこれからの希望といったようなものが語られるだろうと私は思っておった、ところがそういうものが一つもでなかった、まあ、いうなら、しどろもどろの発表であった。どんなに素晴らしい隊であっても世間ではいう、腐っても隊と、けれども信心ばかりは以下に隊であってもう信仰的躍動が枯れたらおしまいであると言う事。
昨日の朝の御祈念の時に、ここの光昭が頂いておる御心眼が菊栄会の方達がちょうどお月次祭のように先生方が横にこう正座して並びます、それで並んでおる姿を頂いた。それが皆それぞれの、やはり、いつもお参りしてきなさる普段の洋服儀であったと、その日の御理解が確かに、それと同じようなことだったんですね、なんて言う御理解だったかしら、あっ、慢心と言う事であった。自慢、傲慢、怠慢、ね、おおきがねもと言う事はおかげを落とすとか、そう言う意味じゃないといういろんな説明その時に、特に怠慢と言う事についての御理解であった。
その時に頂いておるのが今のような菊栄会の方達が右に座っておると言う事である、お祭りがあっておるわけじゃないけれども、いうならば、いつか頂いた一つのエリート意識をもっておる事は素晴らしい、確かに菊栄会の方達は、まあ、なるほど、図抜けた信心をさせて頂いておる人達の集いであった、それはただし椛目時代、ね、なるほど御造営なんかの中心になった人達ばかりである、いや、本当をいうたらあの御造営も菊栄会の連中がいなかったら出来なかったかもしれないと思うぐらいである。確かに信心もちょっと高度である、ですから、その慢心と言う事からいうならばです、本当いうたら素晴らしき慢心と私は言いたい、ね、だから、過程においてはここんところは私が言う事が間違いではない、私達のしておる事は間違いはない、俺に言うことに間違いがあるかと、例えばいうならば親鸞的じゃない日蓮的なというかね、一つのそういう、まあ、慢心、素晴らしき慢心の持てれるぐらいな信心はお互いが頂きたい、ね、そこまで一つ信心を進めて行きたい、といってそれが続けられたらもうそれは、いわば、腐っても隊の腐っても同じ事になるです。ね。
私は礼にいつもいうように親鸞的というか、ね、どれほど極めて行っても極めて行っても分からないことばっかり、同時に極めていけば極めていくほどこれは自己、自己自身、自分自身という者を極めていけば行くほどに私のような私のような私のようなお粗末な人間がと言うことになって日本一の大悪人というところまで高められておる、いうなら深められておる、そういうようなものがですね、お互いの信心姿勢態度の中に必要じゃなかろうか、ね。
確かに一段上に、まあ、押し上げられたという訳ではなかろう、もう、本当に押し上げられんでも確かに高められた事は間違いないけれど、信心が高められると言う事は、もう高められれば高められるほど(        )というのが信心なんです。もう誰が見てもあの人よりもつまらんという自分なんです、そう言う自分を本当に分からせて頂く事になってくる時にそこに親鸞的信心が私は願われるとこだと思う。
菊栄会の新しい入ったある方が、菊栄会の会合にでても、もう本当に皆さんの素晴らしい信心を聞ける頂けれるかと思うたらそうじゃないということ、まあ、いうならば菊栄会にがっかりしておるというような意味の事をお届けされた方があった。ね、結局、その、信心というものがね、もう、躍動が停止したら、もう、生きた信心の値打はない、なんとかここにそこんところのここまで高められておるのであるからここんところの、まあ、いうならばスランプ状態とでもいおうか、そのスランプ状態を抜け切る何とか手立てを工夫しなければならない時ではなかろうか、このスランプ状態を抜け切る何とか手をうたなければならない時ではなかろうか。
この頃、月次祭の後に正義さんが来ておりませんでしたから、今日、どうしてきとらんじゃったじゃろうかと私がいうたら、はぁー山の方が忙しい、もう年じょまでも(      )やっとるそうです、文男さんがそげんいいますから、そんなら今から山に登ろうかち、陣中見舞いにいっちょいこうかというて、しかし、もう先生時間が遅いですよというてまあやめましたけれども、いかんでよかった。今日お届けを聞かせて頂いたら具合が悪くて休んでおったとこういう、ね、私は文男さんに申しました、あの人はちょうど、いうならば、大豆がね、もやしが出ておるところを頂いた、ね、いわゆる、豆がもう空になっておるということである、もうなんというても信心もとと仰るその健康がもとである、体の丈夫を願え体が元なりである、ね、この体に自信をもった信心からしか迫力は生まれてこない、ね、そこから自己を肯定しないでの生き方にならせて頂く時にです、その生神金光大神取次ぎの道の御比礼が、そこの現場に、家庭に、現場に自分の心の中に現されてくる、ねこれが家内に伝わって行かないはずがない、これが子供に伝わって行かないはずがない、これが生活の現場に働いて行かないはずがない、そう言う一つの信心の過程を持っての金光大神の御比礼が輝かなければ、ここを抜きにしておかげは頂いておるからというてしておるのは丁度楷書から草書にいっぺんとりにしておるようなものである。ね、いうならば、もうそれこそ、私の信心に肉薄して、ね、私の信心に、もうそれこそ、つかず離れずで信心がついてこなければならない時に、最近の菊栄会の場合なんかもうぐうっと、もう、こんな単純に私が説明をしても説明をしても追いつかないようにあると言う事である。
今朝の御理解の中に、ね、朝の御祈念の雰囲気の中に、もう先を争う、信心の争いという意味ではないけれども、ね、もう本当に生神金光大神取次の道の御比礼をここに現そうと、椛目ではまだ現しておる人は一人もない、けども、その現すためのその段取りというか準備が出来ておる、そういう勢いを持った人達のもうそれこそ、そういう願いがお広前一杯に感じられる、その人達のしめきあう信心の姿というものがいようなまでの雰囲気を朝の御祈念でここにかましておると言う事である、ね。そういう雰囲気の中から脱落しておるじゃないか第一、ね。
どこまでもおかげを頂かせてもらって、これでよいと言う事はない、ね、これで済んだとは思いませんという信心がです、いわゆる、自己を肯定しないでの生き方である、そこんところに焦点を最近おいて、信心させて頂けれるところに次の私は打開策というものがあるのじゃなかろうか、ね。
銘々の信心ぶりが神様の感動を受けられるようなものが今の菊栄会には一人もない、中学に入学する、ね、学生服をきた栄四郎の姿を見て感動する、大学を卒業し、ね、教育学としての肩書きを背広に包んでお礼参拝親子でしておる、それを見て神様が感動なさる、ね、そういうようなものが今度、菊栄会にかけられる、いわゆる、求められる信心ではなかろうか、もう、もう、いうならばです、大学であるならば、もう大学生であってはならない、もう社会にでらせて頂いて、本当の社会、本当の信心の、いうなら対外的な、ね、道の上にも、教会中心としての御用にも、もう、実際にお役に立って行かなければならない時期がもうきておるのじゃなかろうか、ね、ここんところを一つ乗り切らせて頂く迫力、そう言う信心をですね、何とか私は工夫してもらいたい、(   )の焦点をそう言うところにおいてもらいたい、何がそこにスランプの元になっておるものか、それも究明してもらいたい、それは合楽の米倉であってもらいたい為のものだけではない、ね、銘々の信心の自立の上にもそれは臨まれる時ではなかろうか、大祭を前にして、この衰退振りはどうした事か、一つみょうに控える大祭を目指して何とかそこに持ち直しというか、スランプの脱皮というか、そこんところをもう皆で卒業してもらいたい、ね、そして、もう一段信心を進めて行ってもらいたい、そして、それを家庭の上に、仕事の上にその生神金光様大神取次の道の御比礼をいよいよ現して頂きたいとまあ思うのであございます。
                           どうぞ。